「で、何がほしいんだ?」
「指輪。」


即答だった。

リング・リンク・ビンゴ!!(1)

「僕、指輪がいいなあ。」


そう言って、青年安原はあの人のよさそうな微笑みを浮かべた。


「・・・・・・お前、本気か?」


言われたほうの滝川は半分信じられないといった風に聞き返す。


「え、だって、何でも買ってくれるって言ったじゃないですか。」
「そりゃあ言ったけど・・・・また何で指輪なんだ?」
「いやだなあ滝川さん。指輪といえば、」



東京・渋谷。事務所とは違う方向に二人は歩いていた。



「婚約指輪に決まってるじゃないですか。」


滝川は危うく前方に転びそうになった。


「こ、こここっ婚約だあ!?」


奢りで指輪をねだられただけでも驚きなのに、
まさか『婚約』という言葉が出てくるとは思ってもみなかった。


「はい、心に決めた方がいるんです。」


安原はきっぱりそう言った。


「はあ、それはまた・・・・・・。
 ってそんな大切な物人のおごりで買うなよ!」
「えーだって、丁度いいじゃないですか。」
「よくないっ。いいか、こーゆーもんは自分の稼いだ金で買うもんだぞ。
 他人の金で買った指輪なんて嬉しくないだろーが。」
「僕は嬉しいですよ。」
「あのなあ。」



会話をしている間にも、二人はどんどん人波に押し流されていく。



「ともかく、なっ、自分の金で買え。ラーメンおごってやるから。な?」


指輪なんて高いものを買わされてはたまらないと、滝川は必死に話題の方向転換を試みる。


「そういや、相手は誰なんだよ。オジサンに言ってみろ。
 もしかして麻衣か?それとも真砂子とか・・・・」
「滝川さんですよ。」





・・・・・・・・・・・・・・・・・。





「はいっ!!?」


数秒固まった後、滝川は我に返った。

「ちょ、ちょっと待て。何だそれは!?」
「僕、滝川さんの事が大好きですから。」


にっこりと、安原はまる某女性研究所長のような微笑を浮かべている。

「冗談だろ?」
「やだなあ、僕はいつだって本気ですよ。
 今だってホラ、滝川さんに婚約指輪を買ってもらうじゃないですか。」
「違う。絶対間違ってるぞ。
 大体なんで俺がお前に婚約指輪を買わなきゃいけないんだよ。」
「だって、普通婚約指輪って男の人からもらうものじゃないですか。」
「お前も男だろっ!!」


混乱する脳を無理にでも回転させて、滝川は何とかこの状況から逃れようと必死だ。


「というかなぁ、大人をからかうのもいい加減にしろ。
 確かに昨日今日と仕事手伝ってもらって悪かったと思ってる!
 だからホラ、こういう風にお礼に食事でも、と思っているわけだ。
 だけど指輪(まして買わされてしまう婚約指輪)となるとちょっと・・・・・」
「へーそんな事言うんですか?」


安原は目を細めて滝川に笑いかける。
その雰囲気の異様さに滝川は一瞬びくっとする。


「いやあ、それにしても働いたなあー。
 ライブ会場設営ってこんなにも疲れるものなんですね。えーと、何したっけ。
 あ、そうそう楽器運び。アレ重たかったですよね。
 大体エレベーターまでの距離が長すぎるし、狭いし、
 落したらいけないしで相当気を使いましたしね。
 何でライブハウス13階に作ったんですかね。
 しかもエレベーター故障して10階までしか使えないし、僕キーボード抱えて
 階段で上がりましたよー。」
「いや、その、だから悪かっ」
「ドラムセット組み立てるのもけっこう時間かかりましたね。
 しかもパーツ足りなくて取りに走ったりして。
 あ、そうそう、照明なんて初めて触りましたけど、アレも重いですよね。
 アレが舞台の下に落ちたら人間の頭なんて簡単に潰れるんだろうなあ。
 はしご登って取り付けているときそんな事考えちゃいましたよ。」


滝川の背筋に悪寒が走ったのは言うまでもない。


「暑かったですしねー。僕気が利くので皆さんの分のお茶とかも用意して。
 いやあ、自分で言うのもなんなんですけど本当に優しいな。
 果てはマイクテストまでやりましたっけ。あ、音声チェックもか。
 コードが一本抜けていた事に僕が気付いてよかったですねー。
 あのまま始めたら一大事でしたよ。
 滝川さんの素敵なベース音が聞こえなくなる所でしたもんね。
 あ、その延長で場内アナウンスもしましたね。
 えーと、『場内の皆様、会場は大変混み合っておりますので足元に十分ご注意下さい。』
 とかね。上手かったでしょ。
 あとそれから、あ-あ、指10本じゃ足りないなーー。」


滝川は半ば逃げ出したい気持ちでそれを聞いていた。


「それを滝川さんったらラーメンで片付けようとするんだもんなー。
 もし僕が滝川さんの事好きじゃなかったら今頃どうなってたかなー。
 まあ、ライブでベースの音が聴こえなかった事は確実ですよね。
 あの時滝川さん何て言いましたっけ?確か、
 『ありがとう少年っ!あとで何でも好きなもの奢ってやるからな!!』って」
「あーもうわかった。わかったからっっ。」



これ以上続くと指輪ぐらいではすまなくなりそうな勢いに滝川は何とかストップをかける。



「・・・・・・・奢ればいいんだろっ。」



あの怒涛の忙しさの中で安原が文句ひとつ言わず、
むしろ大変愛想良く働いていたのは実はこの為だったのだ。
その事に気付いた滝川は、今更ながらに彼の思考の奥深さを痛感するのだった。


「ありがとうございます。じゃ、行きましょうか。」


先刻と打って変わって満面の笑みを浮かべた安原に、
滝川は自分が完全に彼の罠にはまったのだと感じた。




「・・・ったく、お前呼んだのが間違えだった。」
「えー何か言いました?」
「いえ、何も。」





そもそもあの忙しい中で自分のやった仕事の数をキチンとカウントしていたのだから
相当の確信犯である。
頭のいい人間というのは本当に恐ろしい。