Lesson・1

「ナル、準備はできましたか?」
軽いノックの後、リンは部屋のドアを開けた。
「ああ」
ナルはいつもの無表情でベットに腰掛けていた。
「・・・・・・・。」
「・・・どうかしたか?」
「いえ」
ナルは、いつもながらの無表情だが、格好がいつもとは違う。
・・・・白いYシャツ。紺のズボン。そして、ナルの手には赤いネクタイが握られていた。
普段の黒ずくめからは全く想像できない。
実はこれは、某私立高校の制服なのだ。
(だからといって、ナルの高校入学が決まったわけではない。あしからず。)
つい先日、この学校の学園長から依頼があった。
そして今回、ナルにしてはめずらしく潜入調査という形をとることになったのだ。
(こうなったイキサツを話し始めるととてもじゃないが今の作者には書き上げる時間がない、という事で理解していただきたい。)
今回この調査に参加するのは安原さんと真砂子。当然、麻衣は強制参加だ。
そしてなんと、所長自ら学生に扮して学校に潜入しようというのだから、
今回この事件にどれほど興味を持っているかがわかる。
ちなみに、このことはまだ3人に話していない。
彼らは準備も終わって、ホテルの一室にに集まっているところだ。
(さらに付け加えると、依頼のあった学校は東京から遠く離れていた為調査期間中はホテル住まいをすることになっている。)
彼らも、所長が黒ずくめでなくしかも制服を着ているナルの姿を見たら数分間は固まってしまうだろう。


「では、行きましょうか。ナル、ネクタイも締めて下さい」
そういってリンは歩きはじめた。ドアのところまできて、ナルがまだ座ったままであることに気付く。
「ナル、どうかしましたか?」
なぜかナルは動こうとする気配がない。
「・・・ナル?」
声をかけながら、リンの思考はフル回転していた。
元々が無口(リンが言うセリフでもないが)なナルは、必要な要件すらも口にしない事がある。
そういう時は、こちら側がナルの思考を察して動かなければならない。
長い間ナルのそばにいるリンは、そういう事に長けていた。
もう無意識にでもナルの思考の詮索をはじめてしまう。


そもそもナルはなぜ動こうとしないのか。
やはり潜入調査が嫌になったのか?
でもナルのことだからそういう事ならハッキリと言うだろう。
ではなぜ?ナルはいまだネクタイも締めていない。
一体何がしたいのか?
1秒もたたない間にリンの頭にはいくつもの考えが浮かんでは消えた。


そして、1つの答えをはじき出した。


リンは、軽くため息をついた。
「ナル、いいですか?」
そう言って、リンは自分のネクタイをほどいた。


「まず、首にかけてクロスさせて、こちらの太い方をその後ろ側にまわして、内側から外側へ出します」
リンはナルの横に立って、再び自分のネクタイを結び始める。
案の定、ナルはリンの手元を見て、ネクタイを結んでいく。
「そしてその太い方を、右側の輪に絡ませて、・・・そこにできた結び目にかぶせるようにします」
普段何気なくやっている動作だが、口で説明するのはなかなか難しいものだと、
リンは手元を動かしながらそう思った。
ナルは律儀に、リンの動作を繰り返している。
「で、それを輪の内側から外側にまわして、さっきかぶせた方の輪の中にそれを入れて、
 そしてひっぱれば・・・・、ナルっ」
勢い良くネクタイを締めようとしたナルを、リンは慌てて止めた。
「・・・死ぬ気ですか」
リンは深くため息をついた。どこをどう間違えたのか、ナルのネクタイの結び目はなぜか2つできている。
(ある意味器用な間違い方ではあるが。)
ナルは必要以上の事をしない。今も昔もそれは変わらない。
だから、ナルがネクタイを結べないのは、今までその必要がなかったからなのであろう。
リンはもう一度手本を見せようとして、ふと時計を見た。


・・・・時間がない。


もうすぐ、迎えの車が来てしまう。
麻衣達も準備を終えて待っている。


リンはさらに深いため息をついた。
「・・・貸してください」





さて1分後、ナルはなんとか、どこから見ても高校生という格好になった。
リンはというと、この歳になってまさか他人のネクタイを締めてあげるなんてことは想像もしていなかった為、少々落ち込んでいる。
しょうがないのだ。
ナルはこの歳まで、ネクタイを結ぶ機会がなかっただけの事だ。
だけど、
だけど、
20代も後半になって18の少年のネクタイを結ぶはめになったリンの心境はそう簡単には片付けられるものではない。

「行こうか」

そして、その事に対して何の恥も感謝も見せないナルの反応もまた曲者だ。
まるで、やってもらって当然といわんばかりの態度である。
まあ、ナルだからと言ってしまえばそれまでの事だが。
そんな事を思っていたリンの頭に、ふとかすかな不安がよぎった。

まさか、この調査中、自分がナルのネクタイを締めなければいけないのか?
そして、必要とあればその後も?


       背筋が寒くなった。



リンは慌てて部屋から出ようとしていたナルを呼び止め、そして両手でナルの肩を力強く掴んだ。
「ナルっ、明日の朝は今日より早く起きてネクタイを結ぶ練習をしましょうねっ。いいですよね、ナル」
「あ、ああ・・・?」
ナルの方は、何故リンがこんなに焦っているのかわからなかった。




次の日の朝、とあるホテルの一室で、ナルが無事ネクタイを結び終えた時、
リンは安堵の息を吐いたのは言うまでもない。




fin





以前他サイト様に献上した作品です。書いたのは16くらい。
ナルがネクタイ結べなかったら面白いだろうなー、と思って。
ちなみに高田も結べません。制服はリボンだったので。(オイ)